ユーコーコミュニティ(原告)事件(東京高判令和4・10・20判タ1519号202頁)


【事案】

・控訴人(一審原告):建築リフォーム等を業とする株式会社

・被控訴人(一審被告):控訴人の従業員であったが、令和4年2月27日付で自動退職扱いされた

・被控訴人が控訴人の従業員らからマタハラやパワハラを受けたとして、控訴人に対し、謝罪文等を要求していたため、控訴人が被控訴人に対する安全配慮義務違反による債務不履行、使用者責任又は会社法350条に基づく損害賠償債務及び謝罪文の交付義務が存在しないことの確認を求めた

一審(横浜地相模原支判令和4・2・10労判1268号68頁では、請求が特定されていない(職務内容や地位、行為の態様等が不明であったり、年月日の特定や具体的な言動の特定、優越的な関係に係る具体的な記載もないことなどから、いずれも他の債務から識別して、その存否が確認できる程度に特定されていない)として訴えが却下された

 

【結論】

本件パワハラ等を理由として控訴人に対して損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があるとはいい難く、本訴は即時確定の利益を欠くものというべきであるから、これを不適法として却下すべき

 

【裁判所の判断】

1、判断枠組み

「職場内において、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント等、各種ハラスメント(以下「パワハラ等」という。)が発生したとして従業員が事業主に対して相談を持ちかけたり苦情を申入れたりしたからといって(以下、両者を併せて「相談等」という。)、当該従業員が事業主に対して損害賠償を請求する目的があると当然にいえるものではない。このような場合における問題解決の在り方には多様な選択肢があり得るところであって、従業員としては事業主が事実関係の調査を踏まえつつ適切な対応措置を取ることを通してより良い職場環境が実現されることを期待しているのがむしろ通常であると理解される労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2第1項は、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定めるが、これは上記と同様の理解に立つものといえるであろう。そして、同条3項を受けて定められた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」(乙1)は、事業者に対して職場におけるパワーハラスメント防止のための措置を講ずることを求めるとともに、従業員から相談等があった場合において迅速かつ正確な事実確認やこれに引き続く措置を取るべきことなどを定めているところである。
 このような事情を考慮すると、従業員がパワハラ等について事業主に相談等をした場合には、状況のいかんにより将来的に従業員からパワハラ等を理由とする損害賠償請求がされる可能性がないわけではないけれども、その可能性は一般的抽象的なものにとどまり、むしろ両者間の協議や事業主による対応措置がされることによって債務不履行や不法行為を理由とする金銭賠償や特定的救済といった紛争にまで至らずに解決する可能性も十分に高いものと思われる。そうすると、紛争解決の在り方として損害賠償による解決が原則となる交通事故の場合などとは相当に様相が異なると解されるのであって、単に上記のような相談等がされたことをもって事業主に対する損害賠償請求権の行使につながる抽象的可能性があるとして当該従業員を相手に債務不存在確認訴訟を提起することは、損害賠償請求に係る紛争が未成熟な段階で確認を求めるものといわざるを得ない。また、かかる段階で債務不存在確認の訴えを提起することは、相談等をした従業員側の意思に必ずしもそぐわないばかりでなく、事業者の法令上の責務を果たさないまま応訴の負担を従業員に負わせることにもなりかねないところである。損害賠償請求がされる抽象的危険があれば債務不存在確認訴訟を提起できるとするならば、従業員としては損害賠償請求をしないと約束でもしない限り上記の負担にさらされることにもなるが、これは問題解決へ向けた従業員の選択肢を奪う結果となるのではないかとの疑問もあるし、その態様のいかんによっては従業員からの相談等を封殺するおそれがあることも否定できず、既に挙げた法令等の趣旨との抵触が問題となり得るというべきである。

このような事情を勘案すると、以上のような状況の下で債務不存在確認訴訟が提起された場合において、当該確認訴訟による即時確定の利益があるといえるためには、少なくとも当該事案における事実関係に照らして従業員が事業主に対し損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があることを要するものと解するのが相当である。

 

2、あてはめ

①被控訴人が令和元年5月に提出した本件申入書(甲5)には、被控訴人が上司から本件パワハラ等を受けたという趣旨の記載がされているが、その中には控訴人に対して損害賠償を求めるといった記載は含まれていない

②そして、被控訴人は、本件申入書を提出した直後から育児休業を取得していたが、令和2年10月になって控訴人代表者と面談しており、その際、育児休業から復帰後のことに加えて本件申入書に記載されていた本件パワハラ等の件についても話がされ、その中で、謝罪をしてほしい旨の発言が被控訴人からされてはいるが、この発言は長時間にわたる面談の一場面において出たものにすぎない。この面談では控訴人代表者による発言が多く占めているところ、むしろ控訴人代表者から「じゃあ1個1万円にしとく?1個1万円払うよ」などと金銭解決を持ちかけたかに取れる発言もあり、これに対して被控訴人が「1個1万円?いや、それは考えたことなかったので」と応じるなど(甲22)、被控訴人側においては必ずしも損害賠償請求を念頭に置いていなかったこともうかがわれる
③そして、被控訴人が加入した本件労組が令和3年1月27日付け書面(甲6)をもって控訴人に対して団体交渉を要求した際にも、そこにおける要求事項は、被控訴人の復帰に当たっての控訴人の方針を明らかにすること、被控訴人に対する本件パワハラ等について事実関係を調査し、責任者を処分し、文書で謝罪するとともに、これら内容を全従業員に通知することなどであり、本件パワハラの件について被控訴人への損害賠償を求めることは要求事項に入っていない。要求事項の中には文書での謝罪を求める部分もあるが、同事項全体から見るならば、これは債務不履行や不法行為を理由に特定的救済を求める趣旨のものというよりも、控訴人に対して前記厚生労働省告示が挙げる雇用管理上の措置の一環として謝罪を要求するという趣旨のものと理解し得るところである。控訴人と本件労組との第1回交渉の際には、本件労組側から、金銭的解決になる可能性もあるとの話が出ている部分も一部にはあるが、他方において、どういう職場を作っていくのか、その中で雇用の問題やハラスメントの問題をきちんと解決していくことを重視している趣旨の発言もされているところであって(甲7)、交渉全体を見ても、被控訴人が損害賠償請求を具体的に考えているとうかがわれるだけの事情は見受けられない

他に、被控訴人が控訴人に対する損害賠償請求を具体的に考えていることをうかがわせるだけの事情は、証拠上認められない。 
本件においては、被控訴人が控訴人に対して、控訴人の従業員であった時期に受けた本件パワハラ等を理由として控訴人に対して損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があるとはいい難い。したがって、本訴は即時確定の利益を欠くものというべきであるから、これを不適法として却下すべき

 

【ひとこと】

本裁判例では一審では、請求の特定がなされていないため、確認の利益を欠くとして訴えが却下され、控訴審では検討の余地がないわけではないとして、「当該事案の事実関係に照らして従業員が事業主に対し損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があることを要する」とした上で、即時確定の利益の有無が検討されました。

結果的に、被控訴人が謝罪を求めていたものの損害賠償請求を検討していたことが窺われないとして即時確定の利益を欠くとして、訴えが不適法却下されました。

 


昭和大学事件・東京地判令和3・3・3LEX/DB25588541

本件では師長が病院の履行補助者であるとして、看護師の心身の健康に十分に配慮せずに心理的負担を与えたことから病院自身の安全配慮義務違反が認められています。 管理職に該当する職員には部下にハラスメントを行わないよう日頃から指導しておくことが重要です、。



日東商会事件(東京地判平成31・4・19労経速2394号3頁)

ハラスメント被害を訴えている方からの相談を放置してしまうと、会社の損害賠償責任が認められてしまいます。 本裁判例では、相談を受けてからすぐに対応を取っていたことが評価されて会社の責任が否定されています。