中倉陸運事件(京都地判令和5・3・9労判1297号124頁)


【事案】

被告:運送会社

原告:被告に4トンウイング車乗務員として雇用され、令和2年8月1日から就労開始

原告が同月4日に精神障害等級3級の認定を受けている旨の書類を提出したところ、被告から退職手続きに応じるよう求められたことが解雇に当たるとして、退職合意か解雇かが争われた。また、退職合意であるとしても、その合意が有効であるかどうかが争われた。さらに、退職勧奨の不法行為該当性も争われた。

 

【結論】

退職合意が有効に成立

不法行為に該当(慰謝料80万円)

 

【裁判所の判断】

1、退職合意か解雇か

原告は、令和2年8月4日、C所長を通じて被告から雇用を継続することは困難である旨告げられ、退職手続のため出社するよう求められてこれに応じ、同月6日には、被告B営業所に出社し、被告からの貸与品を返還し、同月4日までの賃金を受領した上、退職事由欄に「一身上」と記載するなどした本件退職届を作成して、これをC所長に提出した

→同月6日、原告と被告との間で退職合意が成立したと認めるのが相当

 

2、退職合意の心裡留保、錯誤、公序良俗違反

(1)心裡留保、錯誤

 原告は、自身に退職の意思がないことを認識しながら、事務的な手続のためのものとして本件退職届を作成、提出したもので、心裡留保に当たるとか、原告には、本件退職届作成、提出に対応する意思を欠く錯誤があるとか、あるいは、被告から令和2年8月4日に解雇されたものと誤認して本件退職届を作成、提出した点で動機の錯誤があるなどと主張する。
 しかしながら、原告は、以前にも、勤務していた会社を退職する際、退職届を提出したことが複数回あり、被告において就労を開始するに当たっても、勤務していた食品会社を退職する際、同様に退職届を提出したというのである。
→原告は、本件退職届を作成、提出した際にも、その意味するところを十分に理解していたというべき

→原告の本件退職届の作成、提出につき、心理留保があるとか、これに対応する意思の欠缺があるということはできない。

また、原告がいう動機の錯誤は、自身が令和2年8月4日に解雇されたと認識していたことを前提とするところ、上記のとおり、原告が同日解雇されたと認識していたとは認められないから、その点で錯誤があるということもできない

 

(2)公序良俗

被告は、令和2年8月4日、原告から、本件扶養控除等申告書の提出を受けて、C所長を通じ、原告がうつ病で通院しており、服薬治療を受けていることを確認し、その際、C所長において、原告から、精神障害者手帳は返還できるなどと聞いたものの、本社として雇用を継続することは難しい旨の意向を伝え、退職手続のため出社するよう求めたところ、原告は、これに応じて、同月6日には、被告B営業所に出社し、持参した被告からの貸与品を返還し、同月4日までの賃金を受領した上、本件退職届を作成、提出したというのである。
 上記退職勧奨行為自体は、その具体的内容や態様、これに要した時間等からみて、執拗に迫って原告に退職の意思表示を余儀なくさせるような行為であったとまでいうことはできず、後記のとおり不法行為に該当し得るとしても、退職に関する原告の自由な意思決定を阻害するものであったとは認め難い。
→上記退職勧奨行為があったからといって、原被告間で退職合意に至ったことそのものが、公序良俗に反するということはできない

 

3、不法行為該当性

被告は、原告から、二次面接時に過去5年間行政処分歴がない旨記載された令和2年4月10日付け運転記録証明書を受け、また、体験入社時や、同年8月1日、同月3日及び同月4日に勤務した際にも、その勤務状況等に特段の指摘や指導を受けるようなことはなかったにもかかわらず、同日、原告から「精神障害3級 交付日平成29年9月29日」との記載がある本件扶養控除等申告書の提出を受けたことを契機に、原告からうつ病で通院、服薬治療を受けていることを聴取したのみで、原告の健康状態や服薬が原告の担当業務に及ぼす影響について専門家である医師等の意見を聞くなどして、その業務遂行の可能性等について検討するようなこともないまま、雇用を継続することは難しい旨の意向を示したというのである。
→被告は、原告が精神障害等級3級との認定を受け、通院して服薬治療を受けていることのみをもって、その病状の具体的内容、程度は勿論、主治医や産業医等専門家の知見を得るなどして医学的見地からの業務遂行に与える影響の検討を何ら加えることなく、退職勧奨に及んだものといわざるを得ない。
→被告の上記退職勧奨行為は、原告の自由な意思決定を阻害したものとまで評価できないにしても、障害者である原告に対して適切な配慮を欠き、原告の人格的利益を損なうものであって、不法行為を構成するというべきである。そして、被告の上記退職勧奨行為の内容のほか、本件記録に表れた諸事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには80万円をもってするのが相当

 

【解説】

本裁判例では、退職合意が有効に成立していると判断された一方で、退職勧奨行為については障害を有していた原告に対する適切な配慮を欠くとして不法行為該当性が認められました。これは近年、障害者雇用促進法が改正されていることなどが影響していると思われます。裁判所が指摘しているように、医師の意見を受けるなどしてから退職勧奨に及ばなければプロセスが問題されてしまうリスクがあります。

また、本裁判例では、原告が過去にも他社で退職届を提出していたということから退職届の作成、提出の意味を十分に理解していたと判断されているため、原告が新卒者であった場合などには退職の手続きの説明を行っていないと退職の申込みの意思表示に瑕疵があったと判断されていた可能性があります。