【事案】
上告人(学校法人)が被上告人(上告人の長期計画推進室の室長 兼 法人事務局次長)に対し、以下を理由に懲戒免職した事例
〔1〕台風による多大の被害を受けた上告人の学校施設の復旧工事(本件復旧工事)に関し、上告人の法人事務組織規程、決裁規程、経理規程等に違反し、適切な事務処理、会計処理を行わず、また、Hワーク(※本件復旧工事の業者)に工事代金の不当な水増し請求をさせるなどしてその任に背き、上告人に損害を与えたこと、
〔2〕本件リース契約(※被上告人がHワークをJクレジット株式会社の代理店として関与させ、十数回にわたってJクレジットとの間にリース契約を締結し、備品等を調達していた)に関し、上告人とJクレジットとの間に、必要もないのに殊更Hワークを介在させ、虚偽の内容のリース契約をさせるなどして、同社に不当な利益を得させたこと、
〔3〕職務専念義務違反があるなど、日常の勤務態度は劣悪であり、上告人の職員としての適格性を欠く行為が多々あること
【判断の要旨】
①本件台風被害に関しM海上から2992万6349円に上る保険金の支払を受けながら、M海上に指示して工事業者に対し保険金を直接振り込ませ、その処理について正規の決裁の手続を履践せず、保険金受領の事実及び本件復旧工事代金支払の事実を何ら会計帳簿に記載しなかったものである。上告人において上記のような簡略な支払方法を主導しこれを実行させたのは被上告人であり、それがE理事長の意向に沿ったものとしても、適正な会計処理に直結すべき正規の決裁手続を行わなかった責任は、被上告人にあるといわざるを得ない。被上告人が、C経理課長の上司である事務局次長という要職にあり、本件復旧工事の処理の担当とされていたことを考えれば、適正な会計帳簿を作成しなかったことについてC経理課長に責任があるなどの事情があったとしても、被上告人の責任が軽減されるものではない。
②被上告人は、上告人がM海上から本件復旧工事代金を賄うに足りる保険金の支払を受けることができるような措置を執り、これが奏功すると、M海上に保険金の中からHワークに対して工事代金を直接振り込ませることにより、M海上から支払を受けた保険金と本件復旧工事代金との差額をHワークに取得させたものである。
しかしながら、本件損害保険契約に基づき支払われた保険金は、正当な金額である限り、保険契約者である上告人に帰属すべきものであるし、過大な部分があれば、上告人がこれを返還すべき義務を負うべきものであるから、上告人が、被上告人の上記各行為により、損害を受けなかったものとはいえない
③被上告人の上記各行為は、生徒の父母、学校関係者、監督行政庁、さらには社会一般から、上告人が不正行為を行っているという疑惑を招くことを避けられないものであって、著しく不相当な行為である。その結果、前記のとおり、上告人の学校関係者から、本件復旧工事に関連する保険金の支払方法等につき、被上告人が不正な行為をしているのではないかとの指摘等がされ、広島県知事が、上告人に対し、本件台風被害に係る保険金収入及び本件復旧工事代金の支払を学校会計に計上していないこと等が法令及び寄附行為に違反するとの指摘を行い、改善実施計画等を作成して提出するように求め、上告人に対する補助金の交付を保留することとしたのである。これらによれば、被上告人は、上告人が著しく不相当な行為を行ったとして社会一般から非難され、信用を失墜したことについて、責任を免れない
④被上告人は、消耗品を本件リース契約の対象に含ませるなど、適正な会計処理を行わなかったのであり、その結果、本件リース契約の一部の合意解除により、上告人を会計上混乱させるなどした責任がある。被上告人の上記行為の態様に照らせば、適正な経理処理が行われなかったことについてC経理課長にも応分の責任があるからといって、被上告人の責任が軽減される余地はない
→被上告人は、法人事務局次長であり、職員としては法人事務局の最高責任者であったのに、会計処理上違法な行為を行い、上告人の信用を失墜させ、上告人に損害を与えたのであって、その責任を軽視することはできない。原審が挙げるような事情によって、被上告人の責任が軽減されるということはできない。また、被上告人は、特定の業者に契約に基づかない利得を与えて、これと深い結び付きを持ったと見られてもやむを得ない
→上告人が被上告人に対し本件懲戒免職に及んだことは、客観的にみて合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒免職は、社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものということはできない
【事案の概要】
・被上告人:関西電力株式会社
・上告人:被上告人尼崎第二発電所に勤務する者
・上告人は、昭和43年12月31日夜半から昭和44年1月1日早朝にかけて、「1969年を力を合わせて素晴らしい年に」と題するビラ約350枚を会社社宅に配布した
・同ビラには、「会社が70年革命説ないし暴動説を唱えて反共宣伝している」、「昨年会社は差別、村八分をはじめ、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめあげ、それを足場によその会社より低い給料、すくに賞与を押しつけ、いろいろな既得の権利をとり上げて来ました」、「今年も、会社は・・・以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしょう」等の記載があった
・被上告人は、同ビラの内容は、会社を中傷・誹謗し、会社・従業員間の信頼関係を破壊し企業秩序を紊乱(びんらん)し、就業規則の「特に不都合な行為があった」として同年1月31日に上告人を譴責処分し、その有効性が争われた
【結論】
譴責処分は有効
【裁判所の判断】
1、判断枠組み
「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許されるのであり(最高裁昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁参照)、右のような場合を除き、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当」
2、あてはめ
①本件ビラの内容が大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲して被上告会社を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものであり、本件ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあったものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないではなく、その過程に所論の違法があるものとすることはできない
②上告人による本件ビラの配布は、就業時間外に職場外である被上告会社の従業員社宅において職務遂行に関係なく行なわれたものではあるが、就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由として上告人に対して懲戒として譴責を課したことは懲戒権に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。
③なお、所論違憲をいう点は、ひっきょう、上告人による右ビラ配布行為を理由として懲戒を課することに公序良俗違反の違法があるとして原判決の法令違背をいうに帰するところ、上告人の右ビラ配布行為が思想の表現の面を有するからといって、これに対し懲戒を課することに公序良俗違反の違法があるということはできず、また、上告人による右行為をもって労働組合の正当な行為とすることもできないというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審と異なる見解に立って原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない