【事案の概要】
・原告は社会保険労務士・行政書士の有資格者
・被告は特定社会保険労務士・行政書士の有資格者であり、従業員10名程度を雇用していた社会保険労務士事務所の経営者
・平成19年4月から令和3年4月まで特定社会保険労務士・行政書士の資格をである被告と雇用契約を締結していた
・被告の事業者では、被告と従業員代表とされた「所長代理」の肩書を有するCとの間で36協定・1年単位の変形労働時間制に関する協定が締結されていたが、原告がこれらの協定が民主的な手続を経て締結されていないとして有効性を争った
・そのほか、36協定が無効であれば時間外労働を命ずることも違法であるとして慰謝料請求もなされた
【裁判所の判断】
1年単位の変形労働時間制に関する協定について
①過半数代表者の選出手続は、法に規定する協定等をするものを選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法によらなければならない(労働基準法施行規則6条の2第1項第2号)
被告の事業所においては、平成16年に1年単位の変形労働時間制を採用した際に、従業員の間で従業員代表としてCを選出する話し合いが持たれた後は、従業員間で話し合いがされないままCが従業員代表として被告との間で1年単位の変形労働時間制についての協定を締結している。
これによれば、前記の協定に先立って、選出目的を明らかにした投票、挙手等の方法によるCを従業員代表とする民主的な手続は行われていないのであるから、前記各協定届には、労働基準法施行規則6条の2第1項所定の手続によって選出された者ではない者が、被告の労働者の過半数代表者として署名押印しているといわざるを得ない。
②1年単位の変形労働時間制における協定は、使用者が労働者を特定の週又は特定の日において、あらかじめ変形されたとおりに法定労働時間を超えて労働させることができるという重大な効果を発生させる要件となっているものであるから、仮に原告以外の従業員がCを署名適格者と考えていたとしても、選出目的を明らかにした上での民主的手続が採られていない以上、労働基準法施行規則6条の2第1項2号に反する。
→被告における1年単位の変形労働時間制は無効
36協定について
36協定についても1年単位の変形労働時間制の協定と同様の理由で無効
慰謝料請求について
確かに、36協定が無効となれば、使用者は労働者に対して時間外労働を命ずる労働契約上の根拠を欠くことになることから、時間外労働を命ずる業務命令権の行使は違法となるというべきである。
しかし、
①被告における原告以外のいずれの労働者もCについて労働者代表としての適格性を否定する者はおらず、仮に従業員代表を選出する手続が行われていれば、Cが従業員代表に選出されていた可能性が高い
②原告も36協定がCによって締結されていることを被告の事業所における勤務開始後数年以内に認識しながら、これに対して異議を述べることをしていなかった
③法定外労働に対しては、時間外割増賃金の支払(認定された未払割増賃金は122万5609円)が命じられることになる
→36協定が無効と判断されたとしても、その違法性は、慰謝料を命ずべき違法性があるとは認められない
【原告の主張】
原告は、所定時間外労働をさせるに当たっては、労働者が私生活時間を確保できるように配慮し、職場環境を調整する義務を負うところ、
〔1〕被告は、労働時間を把握管理し又は把握管理し得る体制を構築する義務を負うにもかかわらず、これに違反して労働時間管理を現に的確に実施せず、恒常的な時間外労働など存在しないものとして取扱い、
〔2〕原告への事情の確認の上で私生活時間が確保されるような配慮措置を一切講じず、
〔3〕被告就業規則39条に基づき「業務の都合上必要がある場合」に該当するかの検討や原告が拒否し得る正当な理由の有無の確認をせず、私生活時間確保配慮義務を怠り、所定外労働を命ずるにおける裁量権を逸脱濫用して、原告に対して漫然と時間外労働を命じたものであって、違法であると主張
【裁判所の判断】
〔1〕については、被告において、タイムカードは設けていなかったものの、自己申告制を採用しているところ、自己申告制は、労働者が適切に時間外労働も含めて申告するのであれば、労働者の労働時間把握の方法として不相当なものとはいえない。
そして、本件について見ると、
①平成30年には合計972.5時間、令和元年には合計1539.5時間、令和2年には合計927時間の時間外労働が申告されている
②原告は労働時間について、過少に自己申告していたことが認められるものの、被告においては、原告に対して、時間外労働を申告するように指示することもあった
→被告が、労働時間を把握管理する義務や把握管理し得る体制を構築する義務に違反していたとはいえない。
これに対して、原告は、被告から入所してから2年以内の時期に、残業代をつけてはならないという指示を受けたと主張して、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。しかし、被告本人尋問の結果中に、そのようなことを言ったことを否定する部分があることや、被告の事業所においては、令和元年11月までは労働時間の被告による事前承認制が、同月以降は所属長による時間外労働の確認がされていたところ、原告の席は、被告やCの席のすぐそばであったのであるから、他の従業員が被告あるいはCに対して、上述したような相当量の時間外労働の申請や承認を得ていることは当然認識していたといえることに照らせば、被告が、原告あるいは被告従業員に対して残業代を付けてはならないと指示していたとの原告の主張は採用できない。
〔2〕については、被告において、原告の交際相手が障害を有していることを認識していたとは認められるものの、
①被告が原告に対して介護休業規程や短時間正社員規程について説明している
②実際に、令和2年12月に原告から介護短時間勤務の申請があった際には速やかにこれに対応している
③被告において顧問先が300社程度あり、被告の従業員が10人程度であるところ、原告が担当していた会社は30社程度であって、被告において、原告に対してことさら多くの案件を割り振っていたとは認められない
④原告から、上記の介護短時間勤務の申請までは交際相手の障害や交際相手の看護をすることを理由とした業務量や業務内容についての配慮を求められることはなかった
⑤被告が、原告に対して、時間外労働について明らかにするように指示をしても、原告において時間外労働を報告せず、被告において原告の時間外労働時間を基にした業務量の把握が困難だった
→客観的に原告が交際相手との生活に支障を来すほどの業務量となっていたといえない中で、原告からは、時間外労働の状況について正確な申告がなく、また、交際相手との生活状況を踏まえた業務軽減の依頼などもなかったのであるから、被告において原告の私生活時間に配慮し、職場環境を調整する義務に違反したということは困難である。
〔3〕については、被告の就業規則によれば、事務所は、業務の都合上必要がある場合には、所定労働時間を超える勤務を命じることがあり、従業員はこの命令を正当な理由なく拒んではならないとされているところ、本件では、原告が被告から所定労働時間を超える勤務を命じられたことに対して、時間外労働を拒んでいたのではないことから、この条項の適用される場面ではない。
以上みたところによれば、被告が、私生活時間確保配慮義務を怠り、所定外労働を命ずるにおける裁量権を逸脱濫用したということはできない
【事案】
被告:一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社
原告:被告と雇用契約を締結し、大型車両の運転業務に従事していた
運転日報の記載のうち、「点検」と記録されている時間、「荷積」・「荷卸」のうち45分〜1時間30分超える時間、「給油」の時間が20分以上記録されているものについて5分を超える時間、「待機」、「不明」、「洗車」のうち2時間を超えるものについては30分を超える時間の労働時間該当性が争われた。
【裁判所の判断】
1、点検
被告は、点検時間中は、修理工場等にトラックを預けていることから、工場の休憩室で自由に過ごすことができる休憩時間である旨主張する。
しかし、運行中の車両に不具合が生じて点検修理を行う場合、運転手は修理が終わるまで修理工場で待たなければならないところ(証人B、原告本人)、本件で作業内容が点検とされている時間は長くても3時間程度である
→いずれも、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間とは認められない
2、荷積・荷卸
被告は、荷積み及び荷卸しは、長くても1時間30分、一部の荷積み及び荷卸しであれば45分程度で終わるとして、これを超える時間は労働時間に当たらない旨主張する。
この点、荷積みとして記録された作業時間のうち4時間以上のものは21件、荷卸しとして記録された作業時間のうち3時間以上のものは15件(うち5時間以上のものは2件)存在することが認められる。
①しかし、運転日報上、上記のような比較的長時間の荷積作業や荷卸作業が記録されているとしても、その数は、荷積み及び荷卸し作業の回数全体からみれば非常に少ないものであるから、原告が意図的に作業時間を長く記録しているとは認められない
→運転日報に荷積み及び荷卸しとして記録された時間は、実際に、荷積み及び荷卸し作業に要する時間であったと推認される。
②また、原告本人によれば、荷積み及び荷卸し前の待機時間を含めて荷積・荷卸として記録している時期もあると認められるところ、荷積み及び荷卸し前の待機時間は、時間が予め指定されている場合を除いて、呼び出しに応じて作業ができるよう準備した上で、車両内で待機しなければならない(原告本人)
→作業内容が荷積み及び荷卸しと記録された時間に待機時間が含まれているとしても、その部分を含めて労働時間として認定すべき
3、給油
被告は、作業内容が給油と記録されている時間かつ20分以上のものについては、5分を超える部分が非労働時間に該当する旨主張する。
しかし、給油作業それ自体に要する時間が5分程度であるとしても、給油所の混雑の程度や車両の目視点検、配送ルートの確認等の付随作業によっては、一定程度の時間を要するものと推認される
→作業内容が給油と記録され、かつ20分を超えるものすべてが非労働時間であったと認めることはできない
もっとも、作業内容が給油と記録され、かつ1時間を超えるものについては、休憩時間を含むものと考えられるところ、原告も1時間程度の給油の場合には、休憩時間が含まれることを認めていることからすると、これらのうち15分を超える部分は休憩時間と認定する。
原告は、給油と同時に洗車を行っている場合がある旨主張するが、運転日報には、給油とは別に洗車が記録されているから、長時間の給油時間に洗車が含まれると認めることはできない。
4、待機
被告が手待ち時間に当たらないと指摘する待機時間のうち、別紙13番(ただし、午前9時まで)が休憩時間であることは争いがない。
荷積み及び荷卸し前の待機時間は、作業時間が予め指定されている場合を除いて、呼び出しに応じて作業ができるよう待機しなければならないことは前述のとおりであるから、荷積み及び荷卸しの前の待機時間は労働時間と認めるべきところ、証拠(乙3)によれば、作業内容が待機と記録されている時間のうち、別紙34番及び60番以外は荷積・荷卸の前の待機時間と認められる(別紙21番は運転日報〔乙3〕には待機のみが記録されているが、同日のタコチャート〔乙3〕によれば、その間に荷積状態が解消されており、待機時間に荷卸作業が含まれているものと認められる。)から労働時間と認定すべきである。
他方、別紙の34番及び60番は、その前後の運転日報の内容からすれば、休憩時間と認められる。
5、不明
被告は、運転日報上、作業内容が不明と記録されている時間(車両が駐車状態にあるが、作業内容が入力されていない時間)のうち、駐車場所が荷積先及び荷卸先ではない時間は非労働時間に当たる旨主張しており、このうち、別紙16番(北海道)及び161~166番(北海道)が非労働時間であることは争いがない。
また、その余の作業内容が不明と記録されている時間についても、具体的な作業内容が推認できないことから、これらは、非労働時間(休憩時間)と認めるのが相当である。
もっとも、弁論の全趣旨によれば、北海道での作業は車両の修理と認められ、その待機時間からしてもこの部分(別紙15、96、245~248、285、286、369、444、445)は労働時間と認められる。
6、洗車
被告は洗車時間のうち2時間を超えるもの6件について、30分を超える部分は労働時間に当たらない旨主張する。
この点、原告は手洗洗車であれば最低3時間を要すると主張するが、運転日報の中には、1時間程度の洗車時間(その時間からして、機械洗車とは認められない。)が記録されているものもあること、原告の使用していた車両が大型車両であるとしても手洗洗車に最低3時間を要することを認めるに足る証拠もないことからすると、被告が指摘する6件(別紙32、136、178、297、450、509番)のうち2時間を超える部分は、休憩時間と認定すべきである。
【解説】
運送会社においては、本裁判例のように、デジタコの「荷積」、「荷卸」、「待機」、「休憩」、「給油」、「洗車」などと記録されている時間が、労働時間に該当するかどうかが争われることが多いです。
会社からの反論としては、必要以上に荷積、荷卸、待機などの時間が記録されている部分については、一定時間を超える部分については休憩時間であるという主張することが多いですが、実際に荷積作業や荷卸作業を行っていないとしても、作業開始できるまでスタンバイしていなければならなかったとなると待機時間も含めて労働時間に該当すると判断されてしまいやすいです。
他方で、本裁判例でも言及されているように、「作業時間が予め指定されている場合」には、その指定されている時間までは自由に過ごすことができたため、休憩時間に該当するという主張が認められやすいです。
また、一部だけ他の部分と比べると作業時間が長く記録されているという場合であっても、その件数が少なければ、労働時間を意図的に嵩増ししているとは考えられないとして、運転日報の記録どおり、その作業時間がそのまま労働時間として認められやすいです。
研修、教育活動、行事等は会社の業務としての性格を有し、参加が義務付けられていれば労基法条の労働時間に該当してしまいます。 反対に、自主的に参加しているような場合には、今回の裁判例のように労働時間に該当しないと判断されます。
明示的な指揮命令をしていなくても、業務量が多く残業していることを黙認しているような場合、黙示の指揮命令があったとしてその時間に対しても賃金を払わなければならなくなります。 持ち帰り残業しなければ終わらないような業務量になっていないか見直し、適切な業務量に調整した上で、持ち帰って仕事しないように指示しましょう。