【事案】
被告:一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社
原告:被告と雇用契約を締結し、大型車両の運転業務に従事していた
被告では、運転手の売上の10%を時間外労働等に対する残業手当として支給していたが、これが時間外労働等に対する割増賃金の支払いとして有効であるか、割増賃金の支払いとして有効でないとしても、出来高払制の賃金に該当するかどうかが争われた。
【結論】
本件残業手当は、割増賃金として認められず、出来高払制の賃金にも当たらない
【裁判所の判断】
第1、時間外労働等に対する対価に当たるか
1、判断枠組み
「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(最高裁平成30年(受)第908号同令和2年3月30日第1小法廷判決・民集74巻3号549頁参照)。」
2、当てはめ
本件残業手当は、賃金支給の際に基本給その他の手当とは区別されて支給されていたことから、形式的には通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別されていたといえ、また、その名称からすると被告は、時間外労働等に対する対価とする意図で支払っていたものと推認される。
しかし、
①本件雇用契約書には時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法についての記載はなく、本件残業手当の算出方法は、本件賃金規程に記載されている残業手当の算出方法と全く異なるものである
②採用面接やその後の賃金の支給の際に、被告から原告に対して、時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法について説明しているものとは認められないことからすると、本件残業手当の名称や被告の意図を考慮しても、原告と被告との間に、本件残業手当を時間外労働等に対する対価として支払う旨の合意があったと直ちに推認することはできない。
③本件残業手当は、運転手に対して、売上げの10%に相当する金額を支払うものであるから、労働時間の長短に関わらず、一定額の支払が行われるものであるし、本件残業手当として支給される金額の中には通常の労働時間によって得られる売上げによって算定される部分も含まれることとなるから、当該部分と時間外労働等によって得られた売上げに対応する部分との区別ができないものである。
④労働者の売上げに基づくものであるから、労働者の時間外労働時間の有無や程度を把握せずとも算定可能なものであり、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させようとする同法37条の趣旨に反するものであるといわざるをえない。
→本件残業手当は、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない
第2、出来高払制の賃金に当たるか
1、判断枠組み
「実態として、労働者の売上げに応じて本件残業手当の額が増減するものであったとしても、出来高払制の賃金といえるためには、賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等が当事者間で合意されている必要があるものと解される」
2、当てはめ
①原告が被告に入社する際に、賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等について説明を受けていたものとは認められない
②本件賃金規程にも被告の従業員のうち特定の職務に従事する者に対して、出来高払制の賃金を支給する旨の記載はない
③本件雇用契約書にも基本給に関する記載のほかは、諸手当が当社規定により支給される旨の不動文字による注意書が記載されているのみ
④本件全証拠を検討しても、被告が本件残業手当の支払の際に、本件残業手当の算定根拠となる各運転手の売上げや、本件残業手当の算定方法を開示していたとは認められない
→原告と被告との間で賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等を合意していたものとは認められない
→本件残業手当が出来高払制の賃金に該当するということはできない
→本件残業手当は、その全部が通常の労働時間によって得られる賃金として、基礎賃金に算入される
【解説】
固定残業手当の支払いの有効要件として、時間外労働等に対する対価性を充足する必要があるという判例を引用した上で、そもそも採用時などに本件残業手当の説明がないこと、賃金規程に規定されている方法と異なる算定方法であること、労働時間管理をした上で支給されているものではないことなどから、対価性が否定されました。
固定残業代を支給する場合は、時間外労働等に対する手当であることを説明し、契約書や規程類にも規定した上で、規定どおりの運用し、労働時間に基づいて支給をする必要があります。
また、出来高払制の賃金に当たるというためには、当事者間での合意が必要であるとした上で、採用時に出来高払に関する説明はなく、雇用契約書や賃金規程にも記載がなく、本件残業手当支給時に運転手の売上や算定方法を開示していなかったことから、合意が認められないと判断されています。
出来高払制の賃金に当たるというためには、採用時などに説明し、契約書、規程類などにも規定して契約内容となっていたことを立証できるようにする必要があります。
【事案】
被控訴人(第一審被告)運送会社の集配業務に従事していた控訴人(第一審原告)らが、能率手当の算定に当たり、能率手当から時間外手当A相当額を控除していたため、時間外手当Aの支払により労基法37条の定める割増賃金が支払われたといえるかが争われた事例
【結論】
時間外手当Aは時間外労働等に対するとして支払われたものである
【時間外手当A〜C・能率手当の計算方法】
・時間外手当A=能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定労働時間×(1.25×時間外労働時間+0.25×深夜労働時間+1.35×法定休日労働時間)
・時間外手当B=能率手当÷総労働時間×(0.25×60時間以下の時間外労働時間+0.5×60時間を超える時間外労働時間+0.25×深夜労働時間+0.35×法定休日労働時間)
・時間外手当C=能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定労働時間×0.25×60時間を超える時間外労働時間
・能率手当は、各集配職の従事した業務内容(配達重量部分、集荷重量部分、配達枚数部分、集荷枚数部分、集荷軒数部分、走行距離部分、大型作業部分、持込作業部分、その他部分)に基づいて算出された賃金対象額と称する数額が時間外手当Aの額を上回る場合に支給され、以下の計算式により算出される(賃金規則細則16条、17条。以下、この能率手当の計算方法を「本件計算方法」という。)。
能率手当=賃金対象額-時間外手当A
以上を図にしたのが以下の図
【裁判所の判断の要旨】
・各時間外手当について
本件各時間外手当及び能率手当の算出方法は、本件賃金規則等に明記されていたこと、各賃金項目とその金額は、被告から原告らに対して交付される給与支払明細書に明確に区分して記載されていたこと並びに被告の賃金規則及び賃金規則細則は各支店に備え置かれ、いつでも閲覧することが可能な状態に置かれていたことが認められる。
→本件賃金規則等において、本件各時間外手当は、時間外労働等に対する割増賃金として、他の賃金とは明確に区別された形式により定められており、本件賃金規則等は、原告らと被告との間の労働契約の内容となっていた。
・能率手当の位置付け
能率手当は、集配職に対し、効率的に業務を遂行することに対するインセンティブを与え、これによって業務の効率化を図る目的で設けられた出来高払制の手当である。他方、本件賃金制度において、賃金対象額が時間外手当Aの額を上回り、被告に能率手当の支払義務が発生する場合には、当該従業員が時間外労働等に従事していれば、被告には時間外手当Bの支払義務も発生するから、被告は、能率手当を支払うことによっても、集配職に対する割増賃金の支払義務を免れることはできない。
→能率手当の制度が、売上高等を得るに当たり生ずる割増賃金を経費と見た上で、その全額を労働者に負担させることを目的とするものとはいい難い。
・賃金対象額の性質
原告らと被告との間の労働契約において、賃金対象額自体について、出来高払制の通常の労働時間の賃金として支払われる旨の合意がされているものではなく、本件賃金制度における賃金対象額は、能率手当を算出するための前提として、業務量等に基づいて算出される計算上の数額にすぎない。すなわち、労働契約上、賃金対象額を出来高払制の賃金として支払われることが、原告らに保障されているものではない。
→能率手当の算出に当たり、賃金対象額から時間外手当Aの金額を控除することとしても、本来原告に対して支払うことが予定されている賃金の一部を名目上割増賃金に置き換えたことにはならない。
・能率手当と時間外手当Bとの関係
本件賃金制度上の出来高払制の賃金である能率手当の算出過程において、賃金対象額が時間外手当Aの金額を上回らないときには、結果的に、能率手当の額が0円になる場合もあり得る。出来高払制の割増賃金である時間外手当Bは、能率手当の金額を割増賃金の基礎となる賃金として、労基法37条等の定める計算方法に従って算出されるものであるから、能率手当の額が0円になる場合には、必ず時間外手当Bの額も0円になる。この意味において、出来高払制の割増賃金として支払われるものの中に出来高払制の通常の労働時間の賃金として支払われる部分が含まれ、労基法37条の割増賃金に当たる部分とそうでない部分が判別不能になることはない。
・各時間外手当の関係
本件賃金制度においては、時間外手当Aは、賃金対象額の多寡にかかわらず、必ず支払われることになり、時間外手当Aが賃金対象額を超過する場合には、能率手当、ひいては時間外手当Bは支給されず、時間外手当Aのみが支給される。そして、能率手当が支給される場合において、時間外労働等があれば、時間外手当Aのみならず、時間外手当Bが支給され、時間外労働が60時間を超える場合には、時間外手当Cも支給される。加えて、原告らを含む集配職には、固定給及び時間外手当Aによって労働時間に応じた賃金の保障がされている一方で、労働契約上、必ず一定額の出来高払制の賃金の支払が保障されているものではない。
→被告は、労基法37条等の定める時間外労働時間等に対する割増賃金を全て負担しており、能率手当は、集配業務の効率化を目的とした出来高払制の賃金として、賃金対象額を上限として時間外手当Aを含む固定給部分に追加して支給されるという性質を有するものである。原告らと被告との間の労働契約において、賃金対象額が出来高払制の賃金として支払われることが保障されているものではないから、本件計算方法は、本来支払われるべき出来高払制の賃金から割増賃金相当分を控除する旨を定めたものともいえない。結局のところ、本件賃金制度における能率手当は、実質的に見ても、売上高等を得るに当たり生ずる経費としての割増賃金の全額を労働者に負担させるものであるということはできない。
→本件計算方法が労基法37条の趣旨に反し、その実質において、出来高払制の通常の労働時間の賃金として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合に、その一部につき名目のみを割増賃金に置き換えて支払うものであると評価することはできない。時間外手当Aは、その名称及び計算方法からして、時間外労働等の対価として支払われるものであり、時間外手当Aに通常の労働時間に対する賃金が含まれているとみるべき事情はない。
→時間外手当Aは、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているといえる。
【事案】
被告:独立行政法人であり、国立病院機構A病院を運営
原告:A病院で勤務していた医師
原告が、被告に対し、赴任旅費を請求したところ、被告が消滅時効を援用し、その権利濫用該当性が争われた。
赴任旅費請求権の賃金該当性も問題となっていたが、賃金に該当すると判断された。
【結論】
権利濫用に該当する
【裁判所の判断】
1、判断枠組み
債務者の時効の援用は、債務者が債権者の権利行使を妨げるような行為をし、そのため債権者が権利行使を行い得なかったような場合には、信義則違反又は権利の濫用として許されないことがあると解される。
2、あてはめ
①院長は、原告に対し、赴任旅費は支給されないと回答する一方、原告の採用直前の同年7月ころには、Bに対し、赴任旅費の予算申請をしてみてはどうかと述べており、原告への上記回答をした際は、既に赴任旅費の予算申請のための手続がされていた可能性が高い。
②そして、実際に原告の赴任旅費が予算から支給されているにもかかわらず、これが原告に支払われていないことに照らすと、院長は、赴任旅費が予算によって支給されないとの認識の下に上記回答をしたのではなく、これが予算によって支給される可能性を認識しながら、それを原告に支払わないようにするため、原告には赴任旅費が支給されないと回答したと推認でき、この推認を覆すに足りる証拠はない。
→債務者側が債権者に対し、権利がないと誤信させる目的で虚偽の説明を行い、それを受けて債権者が権利を行使しなかったために消滅時効期間が経過した場合は、債務者の時効の援用は権利の濫用に当たり、許されないというべきである。
→被告の時効の援用は許されず、原告の赴任旅費の請求は理由がある。
【事案】
・第一審原告らが、平成2年7月28日付書面により、第一審被告に対し、割増賃金を請求の算定をするために2年6か月分のタイムカードを開示請求したが、第一審被告は要求に応じられない旨回答
・第一審原告らが、平成2年9月3日付書面により、開示できない理由を明らかにするよう求めたが、第一審被告は、上記と同様の回答
・第一審原告らは、平成2年11月6日到達の書面で、給与規程に基づいて時間外、休日、深夜勤務の割増賃金を請求し、重ねてタイムカードの提出を要請
・第一審原告らは、平成3年5月16日に訴訟提起
平成元年4月分(同年4月15日までの分)の賃金について消滅時効を援用することの権利濫用該当性が争われた
【結論】
権利濫用に該当しない
【裁判所の判断】
第一審被告は、第一審原告らからのタイムカードの提示要求等に対して非協力的な態度をとった事実が認められる。によれば、右以前に第一審被告内部で時間外手当支給の検討がなされていた事実が認められるから、第一審被告において、第一審原告らがタイムカードを要求する意図を推知できなかったとは考え難い
本件において、労働時間を正確に把握できる資料は、タイムカードに限られ、しかも、労働基準法37条は使用者に割増賃金の支払いを命じ、同法108条では使用者に対し賃金台帳の調整を命じ、賃金計算の根拠を明らかにするよう要請している。これらの点を考慮すると、第一審被告がタイムカードの提示を拒んだことは使用者としての義務に違反し、かつ、第一審原告らの訴提起を困難にする目的があったものと評価することができる。
しかし、
①第一審原告らは、訴訟外で割増賃金の請求(催告)を行い、6ヶ月を僅かに過ぎた時点で、本訴提起に至っている。これらの事実や、取り敢えず労働時間を推計することも可能であったと考えられる点等総合すると、時効中断のために、より早い時期に訴を提起すること等も不可能ではなかったものと認められる。
②また、そもそも対立当事者に対し、訴の提起に積極的に協力するよう期待することには無理なところがある。そうすると、第一審被告の妨害行為によって、第一審原告らが時効中断を行うことが事実上不可能になったとはいえない。
③さらに、割増賃金等に時効消滅を認めること(労働基準法115条)は、使用者が労働基準法に反してこれらを支払わないことが前提になっており、第一審被告がこれらを支払わず労働基準法に違反したということのみで、時効の援用が許されないということにはならない。
→第一審被告が時効の援用をすることが、信義則に反し、権利の濫用に当たるとはいえない